ジープは、ダイムラー・クライスラーの四輪駆動車のブランドである。ジープは単なる商標に留まらず、その優れた設計から民生のクロスカントリーカーや小型軍用車両の代名詞となっており、ライセンス生産、コピーを問わず、世界中に亜流が存在する。
Jeepという名称は General Purpose(万能)もしくは Government-use(政府用)の G とホイールベース 80 インチの車両を表す識別符号の P から来た符号 GP から“ジープ”と命名されたという説や、漫画「ポパイ」に登場する「ユージン・ザ・ジープ」からとったという説がある。
1940年 アメリカ陸軍補給処 (en)はポーランド侵攻におけるキューベルワーゲンの活躍に注目し、135社の自動車製造会社に大まかな設計要件を伝え、小型偵察車開発計画に応札することを要請した。(en) アメリカン・バンタム社が落札し、プロトタイプを製作する。
1941年 弱小企業であるバンタム社の生産能力を危惧する陸軍はバンタム社の設計図を公開し、これに基づき(en) ウィリス・オーバーランド社はウイリスMAを、フォード・モーター社もフォード・GPと呼ばれるプロトタイプを製作。3社合わせて数千台規模により実戦投入された結果、ウィリスMAに改良を加えたMBが正式採用される。
同年中に日本陸軍がフィリピン作戦にてバンタムMk II(BRC-60)を鹵獲、内地に持ち帰る。これをコピーするようトヨタ自動車に命じ、1944年8月にトヨタ呼称AK10型として試作車5台が出揃い、御殿場で試験された。その結果、陸軍・四式小型貨物車として制式採用されるが、極度の資材欠乏と労働力低下から生産が間に合わず、ジープのような活躍の記録は無い。
また、このAK10型と戦後のトヨタ・ジープ、のちのランドクルーザーとの設計面でのつながりも一切無い。
1942年から、同一仕様のウイリスMB、フォード・GPWの生産が始まる。
1953年 新三菱重工業、後に分社して三菱自動車工業、がウィリス社のジープ(CJ-3A、すぐにCJ-3Bに切り替わる)のノックダウン生産を始める。